「臭い虫」の代名詞として、圧倒的な知名度を誇るカメムシ。彼らが放つ、あのパクチーやコリアンダーにも例えられる、独特の青臭い匂いは、一度嗅いだら忘れられないほどの強烈なインパクトを持っています。では、彼らはなぜ、これほどまでに強烈な匂いを放つのでしょうか。その秘密は、彼らの巧妙な生存戦略に隠されています。カメムシの悪臭の正体は、主に「トランス-2-ヘキセナール」という化学物質です。この物質は、彼らが鳥などの天敵に襲われたり、人間につままれたりといった、生命の危険を感じた時に、胸部の側面にある「臭腺」という器官から、液体として、あるいは気体として一気に噴射されます。この匂いには、二つの重要な役割があります。一つは、捕食者に対する「警告」です。「自分を食べると、こんなに不味くて臭い思いをするぞ」とアピールすることで、敵の攻撃意欲を削ぎ、その隙に逃げるのです。もう一つの役割が、近くにいる仲間に対する「警報」です。この匂いを感知した他のカメムシは、「危険が迫っているぞ!」と察知し、一斉に飛び立ったり、隠れたりします。つまり、あの悪臭は、彼らにとって、自らの身を守り、種の存続を図るための、極めて優れた化学兵器なのです。このメカニズムを理解すれば、家の中に侵入してきたカメムシに対する、正しい対処法が見えてきます。絶対にやってはいけないのが、慌ててティッシュで潰したり、掃除機で吸い込んだりすることです。これらの行為は、カメムシに最大限の恐怖を与え、臭腺から毒液を噴出させる、最悪の引き金となります。部屋中に悪臭が広がり、掃除機の排気から異臭が漂い続けるという、二次災害を招きかねません。最もスマートな対処法は、彼らを刺激しないことです。空のペットボトルや、口の広い瓶などをそっと被せ、壁との間に厚紙を滑り込ませて捕獲し、屋外に逃がしてあげるのが、最も平和的な解決策です。敵の武器の特性を知り、それを使わせないように立ち回ること。それが、カメムシとの遭遇戦を、無臭で乗り切るための、唯一の戦術なのです。