それは、私が今の築30年の一軒家に引っ越してきて、初めての夏のことでした。古い家だから仕方ない、と諦めてはいたものの、毎晩のようにキッチンで遭遇するゴキブリに、私の我慢は限界に達していました。意を決した私は、週末に、家中のゴキブリを根絶やしにするべく、「バルサン決行日」を設けました。家の全ての部屋の畳数を計算し、ドラッグストアで大量のバルサンを買い込み、準備は万端。当日の朝、私は説明書を読みながら、一つひとつ、丁寧に準備を進めていきました。食器棚を新聞紙で覆い、ペットの金魚の水槽をビニールで密閉し、そして、家中の火災報知器に、付属のカバーをかけていきました。寝室、子供部屋、廊下、そしてリビング。これでよし、と。そして、全ての部屋のバルサンを焚き始め、煙が立ち上るのを確認して、私は家族と共に、意気揚々と家を後にしました。数時間後、近所のショッピングモールで時間を潰し、そろそろ良い頃だろうと、家に帰ってきた、その時です。我が家の玄関の前に、数人のご近所さんが集まり、何やら心配そうにこちらを見ています。そして、家の二階の窓からは、けたたましい警報音が鳴り響いていたのです。やってしまいました。私は、普段全く使っていなかった、屋根裏部屋へと続く、階段の天井に設置されていた火災報知器の存在を、完全に見落としていたのです。顔面蒼白になった私は、ご近所さんに平謝りしながら、急いで家に入り、警報器を止めました。幸いにも、消防車を呼ぶような大騒ぎには至りませんでしたが、あの時の、近隣の方々の冷ややかな視線と、自らの準備不足に対する猛烈な自己嫌悪は、今でも忘れられません。この大失敗は、私に教えてくれました。一軒家という空間の複雑さと、説明書に書かれている「全ての火災報知器にカバーを」という一文の、本当の重みを。そして、どんな作業にも、「だろう」という思い込みは、禁物なのだということを。