意を決して、家全体にバルサンを使用し、無数のゴキブリの死骸を片付けた。これで、もうあの黒い悪魔に怯える日々は終わりだ。しかし、その安堵から数週間後、またしても小さなゴキブリの幼虫が姿を現し、絶望的な気持ちになった。そんな経験はありませんか。その理由は、非常にシンプルです。それは、「バルサンは、ゴキブリの卵にはほとんど効果がない」からです。この事実を知らないと、何度バルサンを使っても、イタチごっこの戦いを永遠に繰り返すことになりかねません。ゴキブリの卵は、「卵鞘(らんしょう)」と呼ばれる、小豆のような形をした、硬く、気密性の高い殻で覆われています。この卵鞘は、中の卵を乾燥や衝撃、そして多くの殺虫剤から守る、強力な装甲シェルターの役割を果たしています。バルサンの殺虫成分は、この硬い殻を貫通することができず、中にいる卵まで到達することができないのです。そのため、たとえその時に活動していた成虫や幼虫を全て駆除できたとしても、安全なシェルターの中に守られていた卵は生き残り、薬剤の効果が切れた後、安全になった環境の中で、何食わぬ顔で孵化してきてしまうのです。では、どうすれば卵ごと根絶やしにできるのでしょうか。最も効果的な戦略は、卵が孵化するタイミングを見計らって、「二度目のバルサンを使用する」ことです。ゴキブリの卵が孵化するまでの期間は、種類や温度によって異なりますが、おおよそ2~4週間です。つまり、一度目のバルサンを使用してから、3週間後あたりに、もう一度、家全体でバルサンを使用するのです。これにより、一度目の駆除を生き延びた卵から孵化した幼虫を、彼らが成長して次世代の卵を産む前に、叩くことができます。この二段構えの攻撃こそが、ゴキブリの繁殖の連鎖を断ち切るための、プロも実践する確実な駆除法です。そして、駆除が完了した後は、新たなゴキブリが侵入してこないように、家の隙間を塞ぎ、清潔な環境を保つという、地道な「再発防止策」を継続していくことが、恒久的な平和を維持するための、最も重要な鍵となるのです。