あれは秋晴れの気持ちの良い休日に開催された大規模な古本市での出来事でした。私は本好きの友人と共に掘り出し物を探してブースを巡り絶版になって久しいある幻想文学のハードカバーを見つけたときの喜びは今でも鮮明に覚えています。経年劣化による紙の変色や多少の古書臭はありましたがそれもまた味わいだと感じ相場よりもかなり安い値段で購入してホクホク顔で帰宅しました。その夜早速淹れたてのコーヒーを用意しソファに深く腰掛けて戦利品のページをめくり始めたのですが物語の世界に没頭し始めた矢先指先に違和感を覚えました。ページの喉(のど)と呼ばれる綴じ目の深い部分に黒い小さな砂粒のようなものが溜まっているのが見え最初は前の持ち主が落とした消しゴムのカスか何かだと思い息でフッと吹き飛ばそうとしました。しかしその黒い粒の一部がモゾリと動いたのです。一瞬我が目を疑いましたが次の瞬間綴じ目の隙間からワラワラと小さな虫たちが湧き出してくるのを見て私は悲鳴を上げて本を取り落としてしまいました。床に落ちた本からはさらに数匹の虫が這い出しカーペットの上を逃げ惑っていました。それはチャタテムシの大群でした。おそらく前の持ち主が湿気の多い倉庫か物置に長期間保管していたため本の中にカビが生えそれを餌にするチャタテムシが内部で爆発的に繁殖していたのでしょう。私はすぐに掃除機を持ってきて逃げ出した虫を吸い取り本をビニール袋に密閉しましたがショックで心臓の動悸が止まりませんでした。安かった理由はこの虫害にあったのかもしれないと後悔しましたが時すでに遅く私は恐怖心からその本だけでなく同じ袋に入れて持ち帰った他の本もすべて検疫しなければなりませんでした。この経験から私は古本を買う際には必ずページの隙間や背表紙の裏側を入念にチェックするようになり特に小口にシミがあったりカビ臭かったりする本はどれだけ欲しくても手を出さないというルールを自分に課すようになりました。本は知識や物語を運んでくれる素晴らしい媒体ですが時として招かれざる客を運んでくる乗り物にもなり得るということを痛感した出来事でした。それ以来私は買ってきた古本はすぐに本棚に入れず天気の良い日にベランダで半日ほど陰干しをして風を通しブラシでページを払ってから家の中に迎え入れるという儀式を欠かさないようになりました。古本には前の持ち主の念がこもっているなどと言われることがありますが私にとっては目に見える虫の方がよほど恐ろしい現実的な脅威でありその小さな侵入者たちとの遭遇は古書収集という趣味につきまとう避けられないリスクなのだと自分に言い聞かせています。本を開くという行為には未知の世界への扉を開くワクワク感とともに未知の生物と対面するリスクも潜んでいるのです。