沖縄の夜の繁華街や住宅街を歩く際に本土からの観光客や移住者が最も警戒しなければならないのはハブでも酔っ払いでもなく空から襲来する巨大なワモンゴキブリであり彼らの飛行能力は私たちが普段目にするゴキブリのそれとは次元が異なります。本土で見かけるクロゴキブリも高い所から低い所へ滑空することはありますが沖縄のワモンゴキブリは自らの筋力で羽ばたき揚力を得て上昇したり旋回したりと文字通り「飛ぶ」ことができるため彼らにとって空中は完全な移動ルートの一部となっています。沖縄の蒸し暑い夜気は彼らの体温を上昇させ活性を極限まで高めるため特に気温が二十五度を超えるような熱帯夜には街灯の明かりや建物の看板に誘引されてカブトムシやセミのようにブンブンと羽音を立てて飛び回る姿が日常的に目撃されます。さらに恐ろしいことに彼らはフェロモンや二酸化炭素に反応して人間に向かって飛んでくる習性があるとも言われており夜道を歩いていたら突然バサッという重たい音と共に額や肩に何かが衝突し手で払いのけようとしたらそれが五センチメートル近い巨大なゴキブリだったという怪談のような体験をする人は後を絶ちません。その飛行スピードは驚くほど速く視界の端で黒い影が動いたと思った次の瞬間にはもう服に張り付いているという神出鬼没ぶりであり一度着地されると鋭い棘のある脚でしっかりと繊維にしがみつくため体を激しく揺さぶった程度ではなかなか離れてくれないという執拗さも兼ね備えています。国際通りなどの華やかな場所であっても路地裏やゴミ捨て場の近くでは彼らが虎視眈々と離陸のチャンスを窺っておりサンダル履きの無防備な足元を狙われることもあれば自動販売機の光に集まっている個体がジュースを買おうとした瞬間に顔めがけて突っ込んでくることもあります。このような空からの脅威に対抗する手段は限られていますが夜間に外出する際はなるべく肌の露出を控えることや街灯の真下やゴミ集積所の近くなど彼らが溜まりやすい場所を避けて通ることそして羽音が聞こえたら反射的に身を低くして回避行動をとることが重要です。また彼らは白い色や明るい色に反応する傾向があるという説もあるため夜の散歩では服装選びにも気を遣う必要があるかもしれません。沖縄のゴキブリは地を這うだけの不快害虫ではなく空を制空圏とする高機動型の捕食者(実際には雑食ですが)のような存在でありその圧倒的な身体能力を見せつけられるたびに人間がいかに無力でひ弱な生き物であるかを思い知らされることになります。南国の夜風を感じながらの散策は心地よいものですがその暗闇の中には常に茶褐色の戦闘機がスクランブル発進の時を待っているという緊張感を忘れてはならないのです。