ゴキブリ=不潔で邪悪な害虫という図式は私たちの脳裏に深く刻み込まれていますが沖縄の豊かな照葉樹林(やんばるの森など)に足を踏み入れるとその固定観念を覆すような不思議なゴキブリたちとの出会いが待っておりその代表格がサツマゴキブリやオガサワラゴキブリといった森林性の種です。彼らは人家に侵入して人間の食べ残しを漁るような卑しい真似はせず森の落ち葉や朽ち木の下でひっそりと暮らし枯れ葉や有機物を食べて土に還すという森林生態系における分解者としての崇高な役割を担っています。特にサツマゴキブリはその見た目が非常にユニークであり羽が完全に退化してなくなっているため飛ぶことはおろか走ることさえ苦手で危険を感じるとダンゴムシのように体を丸めたり短い脚で一生懸命土を掘って潜ろうとしたりする姿はどこか愛嬌さえ感じさせます。その光沢のある黒褐色の丸いフォルムは三葉虫や甲殻類を彷彿とさせ昆虫愛好家の間では「かっこいい」「かわいい」と称賛されることも珍しくなくペットとして飼育されることさえあるほどです。またオガサワラゴキブリは土の中に潜ることに特化したシャベルのような前脚を持っており彼らはオスが存在せずメスだけで単為生殖を行うという驚くべき生存戦略を持っています。これらの土着ゴキブリたちは森の食物連鎖の底辺を支える重要な存在でもあり沖縄の固有種であるヤンバルクイナやノグチゲラなどの希少な鳥類や爬虫類にとっては貴重なタンパク源のご馳走となっています。もし彼らがいなくなれば森の分解サイクルは滞り希少動物たちは飢えてしまうことになり沖縄の自然環境は崩壊してしまうでしょう。観光客がトレッキングやキャンプで森に入った際に足元をのっそりと歩く奇妙な虫を見つけて「うわっ、ゴキブリだ!」と叫んで踏み潰そうとすることがありますがそれは無知ゆえの悲劇であり彼らは人間に対して何の害も及ぼさない善良な森の住人であることを理解しなければなりません。家の中に出るワモンゴキブリやチャバネゴキブリと森に棲むサツマゴキブリを混同することは都会のドブネズミと森のリスを同一視するようなものであり同じゴキブリ目(もく)に属しているというだけで理不尽な差別を受ける彼らの境遇には同情を禁じ得ません。沖縄の自然を深く知るということは美しい海や空だけでなく足元の土の中で懸命に生きる小さな命にも目を向けることであり一見すると不気味に見えるゴキブリの姿の中にさえ生命の多様性と進化の神秘を見出すことができるはずです。森で彼らに出会ったら殺虫剤をかけるのではなく「森をきれいにしてくれてありがとう」と心の中で感謝しそっと道を譲るのが南国の自然に対する正しいマナーと言えるでしょう。